(う~んっ!何かよく分からんけど物凄い研究されてるんだ!)
「先輩!分かりました!どうぞ使ってやってください!」(ヨシオ)
「ホントに構わない?...ゴメンネ...お礼はちゃんとするからね。」(カワイ先輩)
カワイ先輩はそう言いながらヨシオに深々と頭を下げた。
先輩に頭を下げられた方のヨシオはもうびっくり仰天である。
「先輩そんな...!お礼なんて要りませんから、遠慮なく使ってください!」
そして、やるなら早い方が良い。 幸いにして明日・明後日は学園祭で2人とも時間はたっぷり取れると言うことになり。 朝8時半に先輩の所属する研究室にPC-1211を持参することとなった。
「時間だから会場にいかなきゃ!キミも観に来たんだろう。一緒に行こう!」(カワイ先輩)
カワイ先輩は星空観望会の会場へ足を急がせる。そしてその後をヨシオはニコニコしながら付いて行った。
その夜、天の川は東方の地平線を発して天頂を経て西へと流れ下っていた。 天頂にはアンドロメダ大星雲の薄ぼんやりとした光の染みが感じられ、東方からはオリオンの3つ星がゆっくりと立ち昇ろうとしている。
生まれて初めて観る25cm鏡下の世界に感動を覚えつつも、頼れる先輩に出会えた感激に酔いしれていた。
ヨシオが入学するかなり以前から、大学には情報処理センターが設置され、 汎用コンピュータ を使って学内の数多くの計算処理を一手に引き受けていた。
この時代、汎用コンピュータを利用するのは相当な手間と熟練を必要とした。ここでは当時の利用状況を振り返ってみよう。
まず、新規利用者は、情報処理センターに利用申請書を文書で提出するなど諸々の手続きが必要であった。
数日すると、研究室にセンターから呼び出しの電話がかかる。 利用者は再びセンターに赴いて利用者の所属や本人確認の後、 システム管理者から、利用カードやIdとパスワードが入った封筒を恭しく頂いたものだ。
その際、Idとパスワードは決して紛失しないこと。 また、パスワードは決して他人に漏らさないこと。 そしてシステム利用上の注意事項などをくどくどと聞かされて、やっとの事で利用可能となる。
手間はこれだけでは終わらない。 利用の際には、わざわざ研究室からセンターに出向いて行って計算を行わなければならいのだ。 この際、利用カードを忘れたら入室できない。
いよいよ計算ルームに辿りついてもこれからが大変である。 機械の故障を防止するために、温度や湿度は絶えず一定に保たれる。当然、絶対禁煙だ!
利用者はまず、穿孔室に向かう。ここにはカード穿孔機という装置が何台か設置されている。
この装置はパンチカードと呼ばれる紙製のカードに、 アルファベットや数字に対応した穴を開ける機械である。 単に穴を開けるための機械なので、コンピュータには接続されていない。
パンチカード1枚には80文字分の情報が入力可能で、 実際にはプログラムの1行がパンチカード1枚分に相当した。
カード穿孔機には簡単な英文タイプライタが接続され、 キーを打ち込むと同時にパンチカードの対応する箇所に穴が開くと言うものであった。
実際のところ、パンチカードの穿孔作業と言うのは大変な作業である。 作業中にミスタイプしてしまえば、そのカード1枚分の努力はすべて水の泡。 その行の先頭部分から打ち直しとなる。 また、ミスタイプしたカードは廃棄処分となる。
これらの無駄や手間を軽減するために、穿孔作業は2人で行われることが一般的であった。 1人が予め紙に書いておいたプログラムを読み上げ、もう1人がそれをタイプライタに打ち込むのである。
次に向かうのは、操作室である。ここにはカード読取装置が設置されている。
カード読取装置はコンピュータに接続されていて、 穿孔されたパンチカードの孔から通過した光を読み取り、その光のパターン情報を電気信号に変換した上でコンピュータに送信する装置である。
読み取り作業が終わると、大概の場合は本の数秒で計算結果がラインプリンタから印刷される。
初心者の場合、1回で計算結果を得られることは皆無。
苦労して穿孔した紙カードのプログラムのどこかに不具合があり、 不具合の発生した行番号(要するに紙カードの何枚目か)と不具合の種類が英語で印刷されて出てきた。
こうなると、不具合の発生したカードをもう一度打ち直して再度読み取り作業を行うことになる。
利用後には利用料金の支払い手続きが待っている。
料金体系は様々であったが、概ね中央演算装置を何秒使用したかによって料金を決めていた。 また、センター所有のパンチカードを使用した場合、その代金もミスタイプした分を含めて支払わなければならない。
退出時にセンターの職員が利用者に伝票を手渡し、利用者はその伝票を会計課に持参して決済する。
コンピュータの料金は中央演算装置の利用時間によって決まるため、 いわゆる無限ループという不具合がプログラム中に含まれていた場合は、 場合によっては大変なことになる。
ほんの数秒しか利用していないはずのつもりが、 何分、場合によっては数時間も利用したとみなされて痛い目にあった人も少なくなかった。 真偽の程は定かではないが、無限ループの不具合を気が付かないまま放置したことにより、 その年度の研究予算をあっという間に使い果たしたという逸話も残っている。