我が青春のコンピュータ


21 プログラムの学習法3

当時、コンピュータを活用すると言う事は、およそ以下のようなことであった。

  1. マニュアルに掲載されているサンプルプログラムを入力して使用する。
  2. パソコン雑誌などの書籍に掲載されてたプログラムを入力して使用する。
  3. 上記のプログラムを目的や用途に合わせて改造して使用する。
  4. 最初からプログラムを自作する。

上記のリストでは番号が大きくなるに従ってプログラム言語の知識が必要になってくるのだが、 多くの人々はパソコン雑誌に掲載されたゲームソフトを楽しむのが普通である。

せいぜい2番目程度の能力 (ごく初歩的なBASICの知識と、長時間のキー入力に耐え得るだけのスピリッツ) が あれば十分であった。

ところが、ヨシオの場合は目的が違う。

測量学の授業で、コンピュータの持つ能力を嫌と言うほど見せつけられ、 その機能や能力を上手く活用することが出来れば、おそらく自身の学生生活・ 引いては社会に出てからも必ずや役に立つという事を確信していたのである。

超初心者のヨシオが、1番目の段階からいきなり3番目の段階に進んでしまったのも、 その目的から言えばごく自然の成り行きではあった。

しかし、マニュアルの記述も不親切だし、参考書籍もそんなに多くは持っていない。  今、彼の手元にあるコンピュータの文献はポケコンのマニュアルが 2冊・辞典が1冊・BASICの入門書が1冊でしかなかった。

「兎にも角にも、今持っているリソースだけで習得していく以外に道は無い。  それをどのように活用すれば、自分自身にこの厄介な BASIC言語をマスターさせることが出来るのだろうか?」

...と考えるのが 「たむら荘流」 である。

1回生ながらも、7月には諸先輩方に揉まれながら、 曲がりなりにも地学概論の攻略本を完成させたヨシオは、 この頃からコンピュータの習得に悩む自分自身を客観的に捉えてみることで、 効果的な学習方法を考案してみようと思った。

まず、これまでの学習で一番効果的だったことは何だったかを考えてみた。  カードを使ってコマンドと役割を暗記する方法はあまり効果が無い。 それよりも、マニュアルのサンプルを1文字ずつ打ち込んでいく方が、余程理解が早いと感じられた。

その結果、ヨシオは以下の「コンピュータ学習指針」を立ててみた。  こう言った工夫も7月の段階で「たむら荘」の先輩方から伝授されていた。

いかにも手前勝手な指針ではあるが、28年後の現在、ヨシオが新しいプログラム言語をマスターする際にも、 この指針はそのまま活かされている。

また、この指針は決して暗記主義では無い。 むしろ概念主義とでも言える物だ。  ともすれば、時代の変化に伴ってこれまで役に立ってきた・もしくは正しいと思われてきた知識や概念が、 ある日突然まったく評価されなくなる事だってある。  当座の知識に拘泥されてしまい、その奥に隠された諸概念を獲得できなければ、 自分が有しているその価値が一瞬にして崩壊してしまう事だってあり得るのだ。

ヨシオの専門である地質学の世界では1950年代から70年代にかけて、 それまでの地向斜論から プレートテクトニクス への転換という地球のシステムに関する大きなパラダイム・シフトが起こっている。  5歳のときに買ってもらった学習図鑑の内容は、ヨシオが中学生になった頃には完全に否定されたと言っても良いだろう。  プレート・海嶺・沈み込み帯など、プレートテクトニクスに基づいた新たな知見を得るために、 ヨシオは何冊かの地球科学に関する文庫本や新書を中学生のときに購入する必要があった。

「どうやら、この(コンピュータの)世界は地質学の世界どころの話じゃない。  何十年・何百年に1回、あるかないかのパラダイム・シフトが毎年のように発生する世界なんだ。」

「でも、所詮人間の考えることだ。 おそらくこの世界にも時代を超えた、何がしかの概念がきっとあるに違いない。」

漠然とではあるが、これまで地質学の世界にのめり込んできたヨシオの脳裏にはそんな期待感が芽生えていた。