我が青春のコンピュータ


17 たむら荘3

話を「たむら荘」に戻そう。

「地学が抜群にできる」 というその一点において、ヨシオは「たむら荘」の住人として 1回生の時点で先輩達からそこそこ認められる(?)こととなった。

ヨシオの部屋にはどこから聞きつけたのか、一般教養の地学概論のテスト対策のために、 見も知らぬ、主に文科系の学生たちが訪れる様になっていた。

ヨシオ自身は地学概論は受講していなかったが、几帳面な女子学生が綴ったノートから おおよその要点は把握している。 先輩の勧めもあって、厚手の紙カードの表側に予想問題、 そして裏側に模範解答を書いた資料(いわゆる攻略本)を数10部作成した。

ヨシオ自身は純粋にボランティアのつもりであったが、お礼に一升瓶を置いていく者や ”受講料”を払おうとする者まで現れた。

「ヨシオ、コイツは俺が連れてきたんだから、金はもらっとけよ!」”受講生”を連れてきた 隣の部屋のS先輩がさも当たり前のように言う。

「ここに来る連中は単位が欲しくて、藁をもすがる思いで来てるんだ。 タダじゃいかん。 それにカンニングの手助けをしてる訳じゃなし、正当な労務の対価として オマエは奴等から礼金をもらうべきだ。」

「少なくとも何がしかのプロを目指すのであれば、自分の持てる知識や技能に対しては 自信と誇りを持って事に当たらなければならない!」とS先輩は付け加えた。

そのS先輩であるが、彼は数学のエキスパートであった。

ヨシオが受講した線形代数学の授業では相当難儀したが、S先輩にしっかりとサポートされて、 テストを何とかクリアした。 ヨシオはこのときS先輩に攻略本の代金として3,000円を手渡した。

「マイド! ちょっと待っててな」

S先輩は自室に引き返して再び私の部屋に戻ってきた。

「ハイ!領収書!」

「それからヨシオに言っておくけど、謝礼はなるべく現金でもらえ。  それと領収書を必ず書いてやれ。」

もはやビジネスである。

その頃、たむら荘の別の先輩は経済学に関する いくつかの必修科目の攻略本を手掛け、1冊2,000円で販売していた。

「全部で200部も捌けたよ! ガリ版 刷るのが大変だった!」

その先輩によると、攻略本を作るなら、必修科目で難しくて受講者数の多い授業が狙い目であるそうな...

少なくとも攻略本の製作という ”事業” は 「たむら荘」 の ”主要産業” として 「たむら荘」 内外の学生には広く認識されていた。  しかもその製作ノウハウが先輩から後輩へと代々受け継がれてきたのである。  以前は生活費を稼ぐために、別の下宿から「たむら荘」に引っ越してきた者もいたそうである。