我が青春のコンピュータ


9 プリンタが動いた!

当時のプリンタの印字

1時間後。 皆、関数電卓の付属品やマニュアルを持参してきた。

教室はまるで新型電卓の展示会場のような様相である。  中にはヨシオと同じようにオプション品の印刷機...じゃなかった、 プリンタを購入している者もいた。

「うわーっ!皆すごいの持ってるね!最新機種のオンパレードだ!」

先生もいささか驚かれている。

「それでは始めよう。 昨日はプログラムの作成方法と実行方法について話しましたね。  今日は何人かプリンタを持っている人がいるから、まずプリンタの使い方について説明しよう。」

「プリンタを持っている人は、昨日作成したプログラムに次の50行から70行を追加して打ち込んでみてください。」

10:INPUT "A=",A
20:INPUT "B=",B
30:LET C=√(A*A+B*B)
40:PRINT "C=",C
50:LPRINT "A=";A
60:LPRINT "B=";B
70:LPRINT "C=";C

若いと言うことは素晴らしい。 旺盛な好奇心に満ちた頭脳は、昨日の劇的な作業を忘れることなく、 あっという間に3行を打ち終わらせた。


LPRINTコマンドはプリンタに印刷するコマンドである。  先頭のLはラインプリンタ(LinePrinter)の頭文字である。


「それではこれから印刷するんだけど、印刷用紙やインクリボンはセットされてますか?」

...誰もやっていない。 大慌てでプリンタに用紙やインクリボンを取り付けようとするが、 取り付け方がわからない。

でも先生は落ち着かれていた。

「焦ることないよ! マニュアルのどこかに取り付け方法を書いているはずだから、探してみてごらん。」

学生たちは2人3人が寄って集ってプリンタのマニュアルに目を通し始めた。  しかし、もともとマニュアルを読んで調べるという習慣もなく、 例え読んだとしても、おびただしい数の専門用語の前にはなす術もない状態だ。

学生たちはマニュアルの中の専門用語を一つ一つ先生に質問しては、マニュアルを読み下いていった。

「君たちはまだ慣れていませんが、コンピュータを使いこなすためにはマニュアルを読める力が必要です。  始めのうちは専門用語で大変だろうけど、コンピュータに詳しい先生や先輩に質問したりして対処してください。  私に手紙で質問してくれてもいいよ!」


当時はインターネットもなければケータイもない。 また、よほど裕福な学生でなければ電話など設置できない。  家族との連絡は下宿の大家さんの電話を借りて行っていた。

遠方から集中講義で来られた先生への質問は、返信用の切手と封筒を添えた封書を ”郵送する” のが当たり前だった。


プリンタと言っても、現在のようなA4サイズやA3サイズの用紙が印刷できるカラープリンタではない。  レシート程の幅があるロール紙にわずか1色だけ、しかも印刷できるのは文字だけで、画像や図形などは印刷できない。

悪戦苦闘の末、皆、プリンタの設定が完了した。

「さぁ、それでは実行してください!」

先生の号令一下、皆、RUNコマンドを入力した。

「ガガガガ...キュー...」

教室内の各所でプリンタに内蔵された小型モータがうなり声を上げ始める。  同時に、レシート用紙がカクカクと吐き出される。

「おぉっ!打ってる打ってる!」

「出てきたよ!...文字が!」

「すっげー綺麗じゃん! お前の字よりよっぽど綺麗だよ!」


当時、一般人が文書を書く場合、手書きがほとんどである。

機械式の英文タイプライタは外資系の企業や研究機関に普及していたが、 日本語タイプライタ となると高価で場所を取り、操作方法も複雑だったため、使いこなすにはかなりのかなりの技能が必要だった。 そのため印刷所などで用いられるだけだった。

そんな中、活字の印刷ができる文房具を手に入れられたことは、 学生たちにとって見れば、夢の実現以外の何物でもなかった。

翌日、大学生協の購買部にはオプションのプリンタを注文する1回生の人だかりが形成されることとなる。